作者綴り「2011年 3月〜4月分」


2011/4/27
昨日、久しぶりに札幌まで車で走っていて、いつもよりも道路幅が広く感じた。
混んでいる駅前が、スイスイと走れる。”あれっ”...。
で、その日、観光審議会なるものがあって、私のオツムのレベルでは、どうかと思いながら参加させてもらったのだけど、道路幅を広く感じた訳がわかった。
観光バスの姿が、無い!
震災と原発の影響で、観光業界も大きな打撃を受けていることを改めて気づく。
花茶にもレンタカーで見えるお客様が少なくなっていることを実感していたけど、大手のバス観光もホテル業界もあらゆる処で場面ですべての機能がストップ状態。
国内の観光旅行の自粛もさることならが、いかに中国などの海外のお客様を頼っていたかが、見えてきたと思った。
震災の影響は、まだ数年続きそうに思うと日本の経済の行き先が不安に思える。
今まで、普通にしてきたことが、実はとっても意味のある暮らし方だったのだ。
桜の花が咲くころは、みんなが笑顔になって花見を楽しむ気持ちに戻れたらいいなぁ。
(久しぶりにパンレッスンに行く。焼きたてのパンは、美味しすぎ♪)
ニューファミリー 2011/4/24
お隣さんからヤギさんの家族を頂いた。
子ヤギの愛らしさは、何とも言えない。
鳴き声も、おっぱいを飲むしぐさも可愛い。
ヤギさん家族を眺めていると原発危険地域で、置き去りにされた動物たちが、重なってくる。
私たち女性は、おっぱいが張って痛いという感覚を知っているけど、置き去りにされて搾乳してもらえない牛たちのおっぱい。
痛くて乳房炎になって悲痛な叫び声を出して死んでいく牛もいることだろう。
置き去りにされた犬や猫たち。
聞きたくない、見たくないものが多過ぎて、自分とは関係ないものと思いたくなるのだが、何かにつけて震災地域や原発危険地域の人たちや動物が頭から離れない。
目を背けては、いけないのだ。

雨の予報だった日曜日。快晴とは言えないけど、時たま太陽の光を感じると太陽からもらうエネルギーの強さを感じる。
気持ちも元気になるし、行動力も湧いてくる。
強がり 2011/4/21
ふきのとうの花が咲くようになって、福寿草も黄色い花をいっぱい見せてくれる。
新芽は、愛らしいのだが、元気をもらえそうな山野草の季節になった。
我が家の庭の片隅に自生えしている三つ葉が、今年も食べ頃になった。毎朝、摘み取って味噌汁をいただく。

「レギュラーガソリンを入れているんだけど、気分はハイオクを入れているみたいで幸せな気持ちになるんだよね。」
と、ずいぶんと強がりを見せるK氏。
今やガソリンは150円台になった。
ゴールデンウィークを控えて、高速道路料金は据え置きとはいえ、こうもガソリンが高いと常に移動範囲が広い北海道人には、つらい現実。
桜の便りを聞きながら、我が家の庭で我慢するか...と思う。
冬へ逆戻り 2011/4/17
カーテンを開けると一面、真っ白。
止む事無くまだ雪が降っていた。吹雪状態と言ったら大袈裟かも知れないけど、私の感覚では吹雪としか見えない。
一晩中、激しい風の音がしていた。実際、かなり強かったようで鯉のぼりが一匹飛んで行って姿が見えない。あの子は、どこまで飛んでいったのだろう。
昨日、TV番組の取材が有るはずだった。
生憎の雨で中止になって、今日という事になったのだが...「春の行楽スポット」の撮影?何という事だ!と思った。
が、仕方ないという顔をして取材陣がやって来た。
とっても気の毒に思えたけど寒風の吹く中、花茶の庭で動物たちの撮影などもしていた。
こんなに寒かったら、うさぎさんも穴から出て来やしないのに。
寒くても花茶へ来て下さったお客さまたち。本当にありがとう。午後からの賑わいは、こんなに寒いのに...と、感激でした。

さくら前線は、どこまで来ているのかな。
春ですよ 2011/4/15

やっと、雪も消えて畑の土も乾いたので、いちごの管理作業に入る。
昨年の8月末に定植したいちごの苗は、そのまま雪の下で冬を越していた。
古くなった葉っぱを除去する仕事が、春一番の作業。
寒く長い冬だったのに、被せていたパオパオを外すと立派ないちごの葉っぱが顔を出してきた。よく育ったねと思う。
ラジオから今年の桜はちょっと早いと流れた。こんなに春が遅かったのに、自然のエネルギーは、凄いと思う。
桜前線の便りが嬉しくなる今日この頃。


子供は、いいな。
素直な気持で、友達になっていく。
ママの、「アイスを買いに行こう。」という呼びかけにも無関心になって、お友達を見つけて仲良くなった。
テラスで日向ぼっこしながら可愛いカップルを眺めて心が癒された花茶おばさんでした。
(お友達とアイスクリームとを比べて、負けちゃったよぉ。花茶のアイスクリーム。)
春♪ 2011/4/12
ひばりの姿も見つけたし、小鳥の鳴き声も春うららと言わんばかりに楽しそうに聞こえてきた。
私は、庭の手入れをする。農業一年生の婿殿は種まきや移植を終えて畑を耕す準備をしていた。
ハウスの中に、いつもより沢山の野菜のポットが並んでいる。
次々とある仕事に休む暇も無く、きっと疲れているだろうと思うのだが、今は休んでいられないと覚悟をしているみたい。
私は、初めて農業をしたとき、ひとつ仕事が片付いたら休みをもらえると楽しみにしていたのに、次々と仕事が待っていて、やすみなさいと言ってもらえなかった事を不満に思った。
今は、懐かしい思い出でもある。
今、経営者の立場に成ると、この時期を逃したら秋まで影響するから休めないという事を理解するのだけど。
大人の彼は、判っているみたい。段々と板についてきたね。
(今日は、春の庭で、ポニーと遊んでご機嫌の春ちゃんです。)
春眠、暁を。。。 2011/4/11
春になると、眠っていた体中のエネルギーが、いっきに目覚める?のかしら、とにかく眠い。
毎日、良い子のごとく早くから寝る。
こんなに早くから寝ては、ボケちゃうかもと思うので、本を持ち込んで読もうとするのだが、1ページも読めないで夢の中へ誘われる。
一日、店の中で立ち仕事だから、身体も神経も疲れているのよ、と思う事にして寝る。
庭では、雪印(昨年亡くなった野良)ジュニアが、日向ぼっこしいた。
(家のミッキーと男の友情が結ばれているらしく、とても仲良しです。)

早寝したお蔭で、今朝は遊水地へ行って、野鳥を眺める余裕あり。
ものすごい数の白鳥や鴨たちが、旅立ちの朝を迎えていた。
鳴き声は、騒音に等しいくらいだし、滑走を始めた時の羽の音も、凄かった。
望遠レンズが、欲しいと思う。
目を離したスキを狙うかのように、頭上を飛んでいく。スピードも速いので、カメラが間に合わない。
まっ、いいか。私の目にはしっかりと収めた。
集英社からデビュー(o^v^o) 2011/4/6
今日は、春♪
真っ白な白鳥が、花茶の青い空を飛んでいった。
雪が消えた花畑などを見て回るとあちこちに新芽が顔を出している。
夫は、30数年前の鯉のぼりを花茶の空に揚げた。色あせた鯉のぼりだけど、我が家では、とっても意味のある鯉のぼりである。
昨年の8月”栗原はるみ”じゃあるまいしと、農家の家庭料理の取材を受けたのだが、その本が出来上がって送られてきた。
取材を受けるまでは、たいへんだぁ〜と言う思いが強くて、いやんな気持ちだったけど、取材中は、意外と面白くて楽しい思いをした。
あの日のライターさんやカメラマンと交わした言葉のひとつひとつを懐かしく思いだされる。
数ページに簡単野菜料理とレシピを掲載。ベランダ野菜の作り方や種子も付録に付いています。
(ケンカばっかりの夫婦でも、こうやって掲載されると仲良しに見えて可笑しい。(笑))

「小栗様。○○は現地において現状をみています。昨日入隊39年です。入隊した日が39年前のことのように思い出されます。 現地を歩き、日本は過去にも壊滅的な危機に見舞われていますがその度に復興してつよくなっています、今回も大丈夫です。と確信します。○○でした。」
この5月に退官される自衛官の方から震災現場からのメールを受け取った。
彼にとって最後の任務だろうけど、日本の復興のための大役になるだろう。
”大丈夫”と言う文字が、力強く感じられた。私は、ありがとうの言葉をメールに添えた。
祈り 2011/4/5
千歳は、自衛隊の街。
花茶のお客さまもスタッフも、そこに関係するご家族が多い。
昨日、赤ちゃんを身ごもっている元スタッフが、来てくれた。いつも一緒のご主人は、今、震災の応援に出かけているとの事。
いつ、帰ってくるか判らないという。
現地では、支援に行ったものの、あまりの悲惨でむごい現実に心を病む人達も出ているらしい。
現場で支援する人達も、又、災害にあわれた人達も、これが夢ならばとどれだけ思った事だろう。
テレビでは、映し出しきれない現実が、そこにはあるという。そうだろうと、思う。
夫を家族を、送り出した家族も辛い。
日本中が、元気を無くした気がする。
”頑張れ!ニッポン”
自衛隊の街だけに家族の不安なども、ひしひしと感じる。
(黒い土の中から顔を出したクロッカス。私、待ちわびていたよ。)
気まぐれな春 2011/4/3
今朝は、また吹雪き?本気かい?と、問いたくなるような寒い吹雪になった。
呆れた気持で、しばし荒れる雪景色を眺めていた。出勤時間になったけど、足が向かない。
昨日、見つけたクロッカスの紫の花芽が雪の中から顔を出していて可愛そうにと眺める。
北帰行を始めた白鳥の鳴き声も、雲の合間から聞こえてきて、春なんだけどなぁと恨めしく思う。
花茶の裏に出来た遊水地に白鳥や鴨、雁などが集まっているらしくざっと5000羽はいましたよと花茶フレンドが言う。
彼女の、野鳥などの観察力はずば抜けていて、いつも色んな事を教えて頂いている。明日は、寒いと言っていないで、遊水地へ行ってみよう。
こんな寒さの中、春休みに入ったご家族連れのお客さまが、花茶へお出でくださる。
目前の新学期を控えて子供達は、明るくて、元気がいい。無垢な笑顔が、嬉しい。
寒風の中を走るチビッ子を見ると花茶の季節が、来ている気がした。
(桜アイスクリームも、もうすぐ発売です。写真は、昨年の桜です。)
美味しい春に 2011/3/30
例年より、すごく雪解けが遅い。でも、ホンモノの春らしい強い日差しを感じるようになった。♪
夕方、孫と散歩していたら土手にフキノトウが顔を出しているのを見つけた。
待ちに待った季節になったと顔がほころぶ。
花茶の庭も、みるみるうちの芝生が顔を出してきた。
もうすぐ、ここで遊ぶ子供達の声が、聞こえてくるはずだ。
毎日、暗く辛いニュースが続いているけど、子供の声や笑顔は、何と力強い励ましになるだろう。

先日お客さまから「サラダに入っていた野菜は、何んですか?」と、聞かれた。
ハウスの中で育てた、柔らかな新芽のサラダ菜が、出番となっている花茶のメニューです。
きっと、珍しいから特別な野菜と思われたらしい。「家のハウスで収穫したものですよ。」と、応えると顔をほころばせて下さった。
ハウスの中で、次々と出番を待っている野菜たち。
美味しい笑顔に、いっぱい出会いたいと思う。
私、間違っている? 2011/3/24
思いがけなく関東の友人が顔を出した。
可愛い幼児の孫も同伴。すぐさま、北海道へ避難してきたのだと察した。
米が無い、水が飲めない。原発の恐怖など風評もあるけど、怖くて住みたくないという心境が伺えた。
日本と言う国が、安心して住めない国になったのかと平和ボケしていた私にさえ只ならぬ思いに成る。
震災以来、色んな行事が自粛されて、もちろんそれは当然の事なのかもしれないけど、震災に直接関係なかった人達も災難に合うという事に成った。
観光地や観光関連施設で働く関係者、イベント業者なども仕事がストップしてしまったという。
災害を囲む私たちまで収入源を断たれたら、災害に手を差し伸べる事も出来なくなる。
せめて私たちはいつもの暮らしに戻り、活気を取り戻して災害地に手を差し伸べられるようでなくてはならないと思うのだけど、間違っているだろうか?
直接災難に合われている現地の人達の心情を察すると、お祭り騒ぎを自粛すべきという事も百も承知はするけど、このまま行くと倒産の憂き目も見えてくる。
どうしたらいいのか、私は判らない。
直接災難に合わなかった人達も、波及災難で苦しんでいる事を辛く思う。
震災地も原発も、農産物も海産物も、人々の暮らしも全て”安心、安全、平和”のマークに囲まれて、みんなの笑顔の国になるように、一日も早くなって欲しいと祈る。
うさぎ 2011/3/18
今朝は窓から明るい陽が差していた。
真っ青な空、同じ空を災害に合われた人達も眺めているだろう。この明るい日差しが、希望の光になって欲しいと思った。
テレビからは、相変わらず避難所の暮らしが流れていたが、時たま笑顔の被災者が映し出されるようになった。
笑っている!よかったぁと嬉しく思った。

私の所望したお土産を抱えて息子が、イタリアから帰ってきた。
こいつが重かったというウサギの置物。見かけ以上に重たかった。
ウサギについて以前に書いたあと、いろんな情報が入ってきた。
私たちの世代の人達の子供の頃は、暮らしの中で普通の食材だったらしい。田舎で暮らす人達のタンパク源は野生の動物からだったのは当たり前の事。
犬や猫までと聞くと、胸が痛む。
かといって、牛や豚を見て何ともないかと問われたら、やっぱり胸が痛い。
ドナドナのメロデーが耳に焼き付いて、見ない事、知らない事、で済ましたくなる。
かけがえの無い命を頂いているから無駄なく食べてあげなきゃと思う。
おかあさん 2011/3/16
結婚するまで私は世間知らずの娘だった。
20歳の頃、私は釧路の友人の処に1週間くらいの予定で遊びに行ったのだが、そのまま居ついて3ケ月以上居候していた。
今、あの頃の友人のお母さんの歳になってみて、よく私を長い間住まわせて、可愛がってくれたものだと感心する。
迷惑をかける事など、全く気がつかない「、居なさい、居なさい。」という言葉を素直に受ける娘だったのだ。
3ケ月の間、友人と時間を過ごすよりもお母さんといる時間が多く、一緒にお隣さんへお茶飲みに行ったり、買い物、銭湯もいつも一緒だった。
掃除も料理も二人でした。
私の母は、私に料理は教えてくれなかったから、、私は、友人のお母さんからいっぱい習得したと思う。
中でもコロッケは、得意な料理のひとつになった。
そのお母さんの悲報を聞いて、釧路へ走った。
「美恵子が来ると、母は、可愛い娘が来たという嬉しい顔をするの。その母の顔を見たくて、私はアンタを呼ぶの。」と、帰りしなに友人がつぶやいた。
祭壇の温かい愛情に満ちた笑顔のおかあさんを見つめながら、私は「おかあさん」と、ずーと語り続けていた。
私もおかあさんの様に慈愛に満ちた笑顔の女性になれるように努めますね。ありがとう。
奇跡を信じて 2011/3/13
刻々と伝わってくる地震や津波の情報は、目を背けたくなるような悲惨なものばかり。
これが現実と受け止めなくては成らないのは、なんとむごい事だろう。
その日以来、心の底から笑えるような気持ちに成れず、日本中の人達が、くらい気持で見守っているのが現実だと思う。
心なしか、花茶へ見えるお客さまもトーンが落ちているような気がした。
奇跡を信じている。きっと、生きている!
どうぞ、ご無事で。
地震 2011/3/12
災害にあわれた皆様に心からお見舞い申し上げます。
午後の休憩をもらっている時に、大きな揺れを感じた。
いつまでたっても止まらなくて、不安に思ったけど、東北地方で震度7とか8とか聞くと、ただ事でない不安が走った。
案の定、ひどい状況をニュースで見聞きしている。
岩手の友人たちの様子が気に成るけど、混乱中は電話も迷惑だろうと思われて、控えているけど大丈夫だろうか。
つい先日、消防記念講演で地震に関する講演を聞いたばかりだった。ニュージランドの地震の後でもあり、世間は地震に敏感になっている。
千歳も活断層の上のあって、地質的には危険らしい。
毎年のように北海道大学の学生達たちが花茶に車を止めて地質学の学習をしていることも、明らかにそういう地帯である事を知らしめられている。
ある程度の予知が可能とは言え、今回の列島を揺さぶる地震が起きると逃げようが無い。
いつになったら災害から復興して心の痛みが消えるだろうか。
(高知から今年も春の使者のつばきが届きました。)
村の敬老会 2011/3/6
残念ながら店から離れるわけにいかず、村の敬老会に参加することは出来ませんでした。
でも、終わった後で駆けつけてみると、何とも賑やかで楽しそうな雰囲気が、会館に残っていました。
村の小さな子供から専門学校生や若い青年たちまで集まって、敬老者のお祝いをしていたようです。
見せて頂いたビデオカメラから敬老者と呼ばれる先輩達と小さな子供達のにこやかな笑顔が、あふれています。
余興も皆でしていたらしく、隠れた才能に思わず拍手を送っている私。ビデオに向かって拍手しているのが、残念でした。
形だけじゃなくて、こういう和やかさがあってこそ、本当の敬老会だなぁと思います。
私が敬老者で招かれる頃...遠くて近い未来を想像して笑っていました。
みんな、みんなご苦労様でした。
春の吹雪 2011/3/4
昨日と今日と私の気持ちを完全に裏切る吹雪でした。
寒さも厳しくて、もうイヤ!って感じ。(笑)
吹雪で通勤不可能になったスタッフもいて、この吹雪の日に店をオープンしているのも何だかねぇと思いながら一日を過ごした。
もう、今日は早く閉めてしまおうか..などと言っていたら「やっていて、良かったぁ〜」と、若いカップルが見えた。
こんなお天気に?と声をかけたくらい。その後を追うようにお客さんが見えたので、来客ゼロの記録は作らなくて済んだ。(あはっ)
我が家のハウスの中は、この寒さにもめげないホウレン草が美味しそうに育っている。
今、花茶のメニューは、殆ど当農園産の根菜でまかなっているけど、明日からこのホウレン草にも活躍してもらおう。
土から抜いた生きている野菜を食べると体中の血液が回り始めたような気がして嬉しい。
新幹線 2011/3/2
日差しは、春の光を感じるけど今朝の雪降る様子にガッカリする。
こうやって、何度も何度も喜んだりガッカリしたりを繰り返しながら本当の春が、来るのだ。
九州まで新幹線で繋がった。鹿児島へも、もうすぐ繋がる。
何となく陸で繋がって移動できる手段があるということは、ホッとするというのか安心だと思うのは私だけ?
結構、新幹線を使ってみて、快適さに慣れてしまうと飛行機よりずっといい気がして、これから本州へ出かけるとき、陸伝いで行きたいなぁと思うのだが。
北海道へも新幹線が、現実帯びてきた。
でも、私、北海道に限っては、新幹線より”ひかりファイバ”が、欲しいと思う。
えっ、千歳でISDNなの?と誰もがびっくりしてくれるけど、そうなんです。
田舎ほど、情報が欲しいし、農村の価値を発信する手段にも”ひかり”が、欲しい。
交通網は、かなり便利になってきた。新幹線も悪いとは思わないけど、これだけパソコンなどが普及してきているのに、未だにISDNは、無いと思う。
目先の損得で言ってはいけないと思うのだが。
猫展 2011/3/1
岩合光照さんの猫展を見てきた。
ゆっくり見てこようと思っていたけど平日に関わらず会場は沢山のお客さまでいっぱい。
押され、押され見る感じで、とてものんびりとは見られなかった。
悪戯っぽい目の猫もいれば、やくざな顔の猫もいる。環境で猫相も随分と違うものだ。でも、素直な表情がそのままで、ホント、猫の気持ちを、よく読んでいる。
猫は、人の心をさぐるような顔をすることがある。結構、そのさぐりが的を得ていて、心を読まれたと思う事がよくある。
家のミッキー君は、夜に成ると私にラチされる気配を読み取って、目をクリクリさせながら逃げる体制で私の動きを読んでいる。
それが、又、可愛くてラチしない素振りして捕まえるというゲームをしている。
写真を見ながら、ミッキーと置き換えて、「やっぱり家の子が、一番かわいいや。」と、思う。(笑)
背後から「かわいいねぇ、撫ぜたくなるね。」と声がする。横を向くと、ニコニコ顔のおじいちゃん。
猫が大好きだという。
雰囲気に呑まれて、知らない人と目が合っても笑顔になる猫展だった。
(今夜も、ミッキーをラチしなきゃ。)