作者綴り「2018年 11月〜12月分」


今年も、ありがとう!! 2018/12/29

”試される大地 北海道”というフレーズが、有りましたね。
花茶の営業を終えたけど、バタバタとしている内に早や29日の夜です。
一年を、何気なく振り返っていたら、このフレーズが浮かんできて、正に今年は、試された一年だったと思いました。

良い意味でも良くない意味でも自然と向き合い、考えることが多かった。
私も、試されていたのかなぁ...(笑) 自然には、勝てないけど、負けもしないと意地を張っていました。
色々あり過ぎて過ごしたこの1.2年。”流した涙の分だけ強くなる”と、自分を信じて一年を締めくります。

花茶の営業の最終日にはシンガポールからのお客さま達がアイスクリーム作りの体験に見えました。
人見知りというような素振りも無くフレンドリーな海外の皆さま。
私もそういう海外からのお客さまには慣れてきました。

学校の先生よろしく、そんな感じでアイスクリーム作りを教えていました。(笑)
でも生徒さんたち、アイスクリームよりもシェフが焼いているピッツァが気に成って、工房の前に群がって離れません。
かと思えば、雪原の庭に出て、寝転んだりと大はしゃぎ。
シンガポールと言えば、暑さとビルディングの立ち並ぶ観光地としてのメイン風景しか浮かんでこない私は、雪の中で遊ぶ彼らに納得の笑顔になります。
存分に遊ばせてやりたい気持ちでしたが、スケジュールが有るのよね。

彼らにアイスクリームの体験だけでなく、花茶の雪原の体験とピッツァを振る舞いまいました。
北海道が、花茶が日本旅行の楽しい思い出の1ページに成ることを願って。

最後に成りましたが、今年も花茶へ有難うございます。
スタッフ一同「美味しかった。」と、言って下さったお客さまの一言が、何よりの活力になりました。
又、頑張れる自分たちが居ました。

災害に見舞われた方々の心労を察すると花茶の試練など大したことで有りません。
過ぎ去った日々、事柄を嘆き悲しむよりも、明日に向かって強くなっていきたいですね。

後は、31日の大晦日そば道場を残すのみ。
今年もお付き合い下さり有難うございます。又、来年もガッツ!な、花茶おばさんをよろしくね。(^^♪
はっぴ〜クリスマス 2018/12/24

恒例のクリスマスパーティーです。
準備の段階では、楽しんでもらえるだろうかとかお料理の事で頭の中はいっぱいになるけど、スタートしてみると取り越し苦労だったと思う。
今年も楽しみました!
お腹も満腹です。

泉郷お抱えバンド(笑)”イエローハット”さんたちに演奏と歌とで盛り上がてもらいました。
地元の人たちの中に、こういう芸人さんがいることが何とも有難いです。はっぴ〜♪。

高校生に成ったら花茶でバイトしてギターを買うと言っていたT君。
彼の性格からはおよそ考えられなかったけど念願のギターを抱えてソロで歌ってくれました。
やるじゃない!ありがとう♪

クリスマスソングは、モチロンですが、なんとなんと「花茶で逢いましょう」(^^♪
と作詞作曲して演奏してくれました。
快活なメロディーと歌詞で、来春から花茶の庭で流したいと思った程です。
CD出してくれるかなぁ〜。







デザートのケーキは杏子ちゃん(お嫁ちゃん)の作品。
お料理もスタッフでご用意しました。
美味しかったね。
全てをご紹介できないのが残念だけど...。

恒例のプレゼントと交換は、大人も子供もワクワクと楽しめたね。






こうやって年末を迎えられる花茶は幸せです。
子供たちは、ぐんぐんと成長して親離れの歳に成っている子もいるけど、花茶に集い笑顔をいっぱい振りまいてくれる事が、何よりうれしい。

私の宝です。
パンダ、パンダちゃん 2018/12/20

高知へ帰る前に高知の親友夫妻と恒例の旅。
今回は、南紀へ行こうと言うことで高野山や白浜方面向けてのショートツアーでした。

季節外れというのか観光シーズンが終わっていた高野山だったので、静かな風景でした。

子供の頃、祖母がお大師様とか高野山とか特別な処としてよく話をしていた事を思い出していた。
祖母の時代では、中々お参りも出来ず、だけど信仰心は私より深かったと思うので、高野山へ来たかっただろうな。

そんな事などを想いながら数々の諸大名の墓石(この場所では、敵も味方も一緒ね。)や企業、一般庶民の墓石を眺めて歩きました。寒かった!


8月に誕生したパンダの赤ちゃんが、偶然にも公開されたばかりと言うタイミングの良さ!
見てきましたよ!!
可愛かったぁ。
お母さんパンダは、片時も赤ちゃんから目を離さない。
我が子を愛おしむしぐさが何とも言えずに伝わってくる。







本当は白浜温泉で一泊の予定だったのが、何を間違ったか那智勝浦の温泉宿を予約していた。(笑)

そうなの女は地図が読めないって言うでしょ。
でも、とっても素敵なお宿で、豪華なお食事と素敵なお庭に大満足。

今年も一緒に行けて良かった!ドライブも楽しかったね。
里帰り 2018/12/19

この歳に成って里帰りと言うのもオカシイかも知れないけど、両親の1周忌と3回忌の法要で実家へ帰っていました。

この2年間は、最も愛する身内を3人も亡くして心が折れることが多かったけど、一人ひとりの供養を済ませていくうちに気持ちの整理も出来てきた。
位牌しか待っていない実家は、心が寂しくてやり切れなかったけど幼い頃から兄弟のようにして育った叔父や叔母たちのお陰で、まだ両親の懐に帰れたような気持ちにもなれた里帰り。

高知から真っすぐには帰らず、叔母の誘いもあって大阪で遊んで来る計画だったので、叔父夫婦も誘って皆で一路大阪へ。
途中、念願の姫路城へ立ち寄った。
私のあいまいな記憶では、淀殿の末の妹、江が秀忠に嫁いだ先のお城と思っていたけど...。
千姫が、本多忠刻と一番幸せに思って暮らしたお城だとか。
遥か昔のそんな事を想いながらお城の中を巡ってみると歴史は面白いだけでなくその時代に生きた人たちの想いを推し量り、今に生きる私たちの暮らし方を考える機会でもありますね。
あいまいな記憶を正すためにも改めて歴史に触れてみたいと思った。

叔父たちと京都見物もしてその夜は、大阪のイルミネーションを見に行く。
開館100周年という中央公会堂のウォールタペストリーは、見事な光のファンタジーだった。
札幌でもイルミネーションを開催中ではあるけど、寒さの厳しい時期(当然だけどね)で中々足を運べない私。
大阪は、平気で歩ける。(笑)
綺麗な光のストリートを歩いた後は、お決まりの食い倒れに突入。

両親が居なくなったけど、まだ迎えてくれる肉親や帰れる場所が有ると思う幸せ。
叔父夫婦や叔母たちと別れるときに感じる寂しさは、両親と別れて帰るときと同じ気持ちになっている自分に気が付いた。

「又、帰ってきいや。」と、言ってくれる兄弟や叔父たち。
幾つに成っても人は甘えられる場所があると癒されて暮らせるのだと思った。
可愛くデビュー 2018/12/10

花茶娘で働いていた尚ちゃんが今は由仁町で農業女子になって活躍している。
今年の春に彼女の所属している由仁町若手農業者グループ”WEAVE”の乾燥野菜商品化の検討会に参加させて頂いた。

WEAVEは、まさに子育て真っ最中のお母さんたちの会で、色んな職種から転職して農業を生業としている頑張り屋さん達のグループです。
若さプラスしっかりとした意思や考えを持って明るく暮らしている様子を、その時感じた。

検討会では、参加者で辛口を含めてアドバイスをしてきました。
商品化が楽しみで、出来上がりの報告を待っていました。

何と可愛いパッケージデザイン♪
どんな中身かもよく判るパッケージも三角形でころころと可愛い。
良い商品に成ったね、尚ちゃん!

夏には札幌のチカホ(地下歩道空間)で販売もして評判も良かったらしい。

その上に、何となんと「桜庭 和」さんの由仁コンサートでも販売したという。
なぬ?
待って待って、私、彼のファンよ。って尚ちゃんに話したらびっくりしていた。
ライブコンサート会場で販売させてもらって、しかもステージにも立って宣伝させてもらったそうです。
憎いねぇ〜桜庭さん!ありがとう。

何を隠そう昨夜は、”桜庭和リレーバトン”ライブコンサートに行っていた私。
熱狂的なファンに囲まれて、いつしか私もその仲間入りしていた。

真っすぐというのか一言、一言、一曲、一曲に魂が有り想いを込めて歌っていると思った。
帰り道、見知らぬ同年配の夫人とも会話が盛り上がり、ご縁があったら又、来年お会いしましょうと別れてきました。
きっと、桜庭さんがご縁を結んで下さるだろう。
とうとう来た 2018/12/7

暖冬に気を良くして過ごしてきたこの冬。
とうとう恐れていた雪との生活が、始まった。

今朝から嫌な予感を感じながら、時折国道を眺めていたら案の定始まった。
のろのろ、牛歩よりも、もっと、もっとゆっくりと坂道を上る大型車。
あっ、止まる!とハラハラしながら見守っていたが、やっぱり登り切れない車が出てきて、R337の花茶の目の前で大型車が渋滞し始めた。

毎年のように有りがちな雪の日の風景。
坂道にカーブとなっていれば運転泣かせです。
登り降りの対向車が、にらみ合うような形で立ち往生が数時間でした。

ショベルカーで援軍に出た息子。
へぇ〜、こんな小さなショベルカーで大型車を牽引出来るんだとちょっと驚きでした。

雪は容赦なく降り、しかも路面はツルツル。
これからこういう事が何回か起こるだろうなぁ。
皆さん、事故なく怪我無くですよ!気をつけて下さいね。

お店は、開店休業みたいなもの。
仕方なく大掃除と決め込んで一日を終えました。
愛ちゃん、探しています 2018/12/4

我が家から愛ちゃんが居なくなってふた月になりました。
未だに諦めきれず探している私。

1週間ほど前、隣の村の納屋にいたという情報を掴み、毎日そこへ通っているけど、最近はさっぱり姿が見えないと主に言われた。
周辺の酪農家さんやご近所に息子が作ってくれたチラシを配って、愛ちゃんの名前を呼びながら探すけど、姿も声もない。

「そんなに、猫が大切?」と、おじさんに言われたけど「家族だから」
「そうだよね〜。」とおじさんも納得してくれたよう。

この数日の暖かさは、野良猫には救いでもある。
狩りの上手な愛ちゃんは、農家の納屋で狩りをして、きっと、空腹ではないと思うけど、これからの寒さは過酷に思う。

猫の気持ちは、判らない。
野外でのびのびと生活しているのかも知れない。
帰りたくても迷子に成って帰れないのかも知れない。

きっと、人間の身勝手な愛情だと思うけど、一緒に暮らしたい。
今日も探していたら「母さんみたいに優しい人いないよ。」とおじさんに言われた。
泣きたい気持ちをこらえて、帰って来た。
いずみさとのあゆみ 2018/11/28

北海道は、命名150年を迎えるという。
命名者の松浦武四郎が近年クローズアップされているのも150年と言う祝うべき年を迎えているからですね。

一寸だけ武四郎について調べていたら「北加伊道」の”加伊”が後に”海”に。そして”加伊(カイ)”という言葉には、この地で生まれたものという意味があるそうです。

本州と違って、過酷な条件の中で開拓入った先人たちの想いも重なる北海道という名だと感慨深くなります。

私の住む泉郷は、開基125年を迎えました。

地元の人たちが、泉郷の足跡を編集しこの度、記念誌「いずみさとのあゆみ」が、出来上がりました。
松浦武四郎が、千歳に立ち寄ったと言う墨絵も、記念誌を飾っています。

ずっと昔ですが泉郷では「ケヌフチ物語」という郷土誌も発行していて、開拓から入り今も尚、地元を愛し、育んで来た村民だと言うことを感じます。
そのずっと昔は、私は、まだ住民と言う意識から遠くて、郷土誌を開いてみても想いというモノが無く棒読みみたいな感じでしたけど。
でも、この度は違います。

指折り数えてみると開基125年の中の1/3の年月を私はここで過ごしてきたのだとかなり驚きました。
若い気でいる気持ちを超えて、時間も体もかなりの熟成(笑)の時期に入っていたのだと改めて思いました。

村の暮らしや産業、経済、個々の家族構成や想い等など、事細やかに記されていて私の地元に寄せる気持ちも載せて頂きました。
そして、亡き夫の姿もそこに残されていて、何だか切なくなるのです。

確実に時は進み、新しい世代へと交代しています。

既に私たちの世代は、次世代へバトンタッチ。
又、新しい文化等が、泉郷を育んでいくことでしょうね。
どこまで見届けられるか判らないけど、自分の足跡が記念誌に残っていくのは有難いわ。

場所を選んで嫁い出来た訳ではないけど、縁あって泉郷の住民であることを誇りに思ったりします。
社交ダンス(^^♪ 2018/11/24

サークル仲間たちと練習成果を出し合う発表は、毎年23日、北海道では初冬を迎える祭日の日です。

発表会が近づくと急に真面目にレッスンをするというモノでなく、私たちのサークルは発表会が終わった直後からも、かなり厳しく教えられると言う手抜きの無い教室なのでした。

お互いの成果を披露しあうようになって早や10年とか、今まで一度も納得できる踊りでなく後悔とか悔しい気持ち(自分に対して)の繰り返し。
努力した結果しか出ないと言われてきただけに、納得しつつも結果を出したいと思ってきた。

10年目にしてやっと、やっと自己満足だけど励んだ結果が出たと思う。
ほんの少し、我を忘れてスタートをしたけど後は踊りに集中してじぶんを失わないでゆったりと表現しながら踊った。
熟練の人たちから見てのレベルの違いはあっても、私は私で自己満足出来たのが今回の成果と思っている。
先生も今までで一番の踊りと褒めてくれたし、やったね!

歳と共に老いる体や錆び付いてくる気持ち。
少しでも心身を鍛えたいとか華やかな気持ちになりたいとか、色んな理由を思いながら続けて来たダンス。

仕事の合間のレッスンは、キツイ気持ちもあって何度も止めようかと思って来たけど、今まで習った事を無駄にしたくなくて、そして素晴らしい仲間たちや厳しい師に支えられて今日まできた。

私たちのレッスンは、シャドー(相手と組まないで一人で踊る)レッスン。
相方に踊らされるのでなく自分で踊る!ちゃんと自分の軸足で立てるようにという教えです。
ダンス発表会が近づいても一人で黙々とレッスンを重ねて、先生と体を合わせて最後まで踊るのは当日だけと言っても良いくらいです。
それでも相手を感じる心を養いながらレッスン、レッスン。

華やかな衣装を身にまとい気持ちも華やかに踊る。
およそ考えられなかったダンスを楽しむ私。
でも、それも私なの。
本番に強い(笑) じゃが芋料理会 2018/11/17

いよいよ当日を迎えた”北海道でじゃがいも三昧in花茶”は、17日でした。
前日から私は下ごしらえに大わらわ。
届いたじゃが芋は12種類。遠くは長崎から、地元では北見農業試験場からも届いています。

この夏、「多分、僕の最後のわがままを通させて欲しい。」と依頼されたあの真顔を忘れられず、ご期待に応えたいと思ってきました。
”禁断の北海道”ほぼ10年の間、彼は北海道へ向かう事を断ち切って過ごしていました。
解禁に成って、花茶へ見えた時は、本当に驚きました。
※画像 じゃが芋すりおろし団子汁


私も忘れるくらい遠い過去の歴史に刻んだ羽田の玉ちゃんだったし、音沙汰の無いのはじゃが芋から離れたのかなぁと思っていた。

略10年たって突然のご来店は驚いたけど、懲りずにじゃが芋料理会を、と言ったのにも正直驚きました。
お客さまが一人も来なくても良い、僕だけの料理会になってもいい、もう一回昔やったじゃが芋料理会を小栗さんの手でやって欲しいと。
※画像 ”越冬アカネと熟成インカのめざめ”のコロッケとおやきは”インカのひとみ”使用

料理は、アイスクリームを含めると14種類になりました。
それぞれのじゃが芋の特性を見極めてのメニュー設定は、玉ちゃんとの考案です。

フライドポテトには、こがね丸が最適で実際作って食べてみると本当に美味しい!
越冬さやあかねと熟成インカのめざめでは肉の力を借りないでじゃが芋だけでコロッケを作りましたが、これが又、美味しい事!

”じゃや芋おやき”を作って欲しいと依頼されたのには、ちょっと考えました。
食べた事無いし...すると玉ちゃんから信州のおやきのお手本が送られて来て、これは作らねばと覚悟を決めました。
この”じゃが芋おやき”は、昨日のお客さまに絶賛されて、本場以上の味とお褒めを頂きました。(うふっ)

10年前にシャドークィーンやノーザンルビーを使ってじゃが芋モンブランケーキを作ったことが有ったのですが、今回も玉ちゃんたってのご希望でモンブランケーキを作りました。 ※画像 モンブラン
玉ちゃん、大満足だったようですよ。

じゃが芋料理会は、食べるだけでなく大谷 号氏によるじゃが芋のミニ勉強会もやりました
特別講師として私の尊敬するNさん(JA職員)も生産現場の人としてお話をして下さっていました。ありがとうございます。※画像 N氏)

沢山の届けられたじゃが芋を好きなように調理させてもらえてお客さまにご披露するという機会に恵まれた花茶おばさん。
普通にこういうチャンスに恵まれることは無く、本当に有難い幸せなチャンスでした。

玉ちゃんにとってじゃが芋は、ご自分の生涯をかけた研究で、生きた証として残したいものだそうです。
その研究心は全国を飛び回ってじゃが芋資料で研究したり調理したりの度を越した道楽とか。

羽田の玉ちゃんのブログに今回の料理がアップされていますので、ご訪問下さいね。
試作の味見は花茶のスタッフたちのお仕事でしたが、昨日の出来栄えは試作の時以上の出来栄えの味だったとか。
お客さま達からもオイシイとお褒め頂きました。
本番に強いねと一言。褒められた?のでしょうね。
秋晴れ、花茶日和 2018/11/11

例年この時期になると雪景色も薄っすらのはず。
今年の、冬将軍様は、どうされたのかまだ姿を見せてない。
私的には、とてもよろしいことで、暖冬を歓迎する方だけど異常気象の連発に思えて不安にもなる。

ここぞと思う暖かい週末、テラス席には可愛いお客さま達。
まだまだテラス席でもお食事もOKとあって、昨日は大型犬が5頭、和まれていた。
見覚えのある可愛いお客さま達。
優雅な立ち振る舞い。
穏やかな性格のようで、触れさせてもらえた。
挑戦的なミッキー君を見ても、意に介せずという立ち振る舞いで拍子抜けしていたミッキー。
こんな穏やかな日が、永遠に続くような錯覚さえしてしまうけど、もうそこまで冬将軍が来ていると自分に言い聞かせる。(笑)

先の金曜日、林 真理子さんの講演があってウキウキと出掛けました。
私の読む本は、どちらかと言うと女性作家さんの方が、多いかな。
きっと、同じ女性として共感できる部分を見るのが面白いのかもしれない。
彼女のエッセイを読んでも、スカっとするもの言いに笑ってしまったり妻の立場も私たちと変わらない視点で有ることに共感します。

彼女のポリシーは、「背伸びすることが、成長する事」。
私の鼓動と共鳴した。
無理と思いつつも挑戦してきた事柄が、いつしか自分のモノに成っていた喜び。

この日、皇居では秋の園遊会が開催されていた。
今年の秋の褒章で「紫綬褒章」を受けていたのに、千歳での講演とは何ともお気の毒に思えたけど微塵にも言葉にしなかった。
沢山のお花の贈り物に旦那様の吐き捨てるような呟きも笑えてならなかった。

ちなみに今読んでいるのは「正妻」
西郷隆盛、篤姫、徳川慶喜時代の歴史ものです。オモシロイ♪
イチョウの実 2018/11/5

紅葉の季節も過ぎようとしているけど、我が家の庭は赤い紅葉とイチョウの黄色が色鮮やかで紅葉真っ盛り。
朝、眩しいくらい庭が燃えている。

今朝、早々に機械音がして、ハッと庭に目をやると案の定、庭の落ち葉の片付けが始まっていた。
こんなに綺麗なのに...と思いながらも、「来春の手入れの為にもイチョウの落ち葉は今のうちに片付けないと、この葉枯れないので大変なんだよ。」と、言われれば文句どころか感謝しかない。
慌てて、写真だけ撮る。

このイチョウの木は、姑が確か70歳後半の高齢の頃、絶対実がなる!と言い切って植えたもの。
30センチほどの小さな苗木をもらってきて、絶対実がなる!と信じていた。
何年先を楽しみにしているのだろうと80歳にもうすぐという姑のイチョウに託した夢や楽しみに少々呆れたり、凄いな!と感心した事を覚えている。

かなり大きな木に成っても実が生らず、やっぱり成らないのか、いや絶対生るとか秋が来るたびに繰り返す姑との会話。
残念なことに姑は、銀杏を見ることなく93歳で他界してした。

それからもう20年、イチョウの木は大木なって我が家の主になった。
今朝、落ち葉を片付けていた髭さんが、実が生っている筈だと言い始めて、まさかと思う私に自信ありげに繰り返して言う。

生っていたんです。
8個見つけてテラスへ置いてありました。
姑が生きていたら、どんなにか喜んだだろう。
いや、きっと空の上から庭のイチョウの木を見て、得意げに喜んでいるだろう。
後始末の仕方はこれから調べるとして、一先ずお仏壇にお供えしよう。

「あたしは、絶対生る!と思っていた。」と、言う姑の声が、生々しく聞こえてくるようだ。
今日は、小春日和 2018/11/3

暖かさに恵まれた祝日の今日。
地元にあるいずみ学園の創立50周年の祝賀会があり、シェフはお休みを頂いていました。

いずみ学園は、知的障がい者の自立と社会参加を目標に取り組んでいる施設です。

私が、泉郷の住人に成った頃は確か、滝さんと言う方が代表者で両親から立派な方だと教えられました。

施設の人たちが10人くらいのグループになって、大変な農作業を手伝ってもらった事など、懐かしく思い出されます。

泉郷の子供たちは、冬になると公民館のグランドでスケートを教えてもらっていたんですよ。
(※今思うと、当時は地元でスケートリンクが作れる寒さだったんですね。)
とっても、スケートの上手な方がいて指導力も有り、私は長年彼を先生と思っていたくらいです。
彼のお陰で、長女はスケートが上手くなった。
施設の生徒さんと知った時は、驚きました。
今は、社会に出て働いている彼です。彼を、見つけると嬉しくてつい手を振ってしまいます。

地元と共に歩んできたと思ういずみ学園が、今も変わらず支援活動や社会貢献に尽力されて、今日は、50周年のお祝いの会。

お客さまには、ガッカリもさせてしまいましたが、シェフが、お祝いに出た為ピッツァ無しのレストラン営業をさせて頂きました。

小春日和とは今日のような日の事。
沢山のご家族やお客さまをお迎えして、私は、厨房で久しぶりに大奮闘していました。
歳ですかね、注意力や物忘れが多くて、ご注文の暗記が出来なく何度も注文用紙を見直したり...(涙)。

苺畑では、シルバー人材センターから仕事に見えた方々が今年最後の苺の管理作業をしてくれていました。
ひとりひとりのお歳は存じ上げていませんが、私以上の年配者もいます。
のんびり老後と思う人が多いと思うけど、働くことを苦とせず人の役に立つ喜びや健康の為、生き甲斐をもって働いている姿には、敬服します。
かく言う私も、生涯現役でありたいと思うのですが。