美味しい音
掲載日:2017.06.05
夫の誕生日に合わせたかの様に初生りの胡瓜が採れた。
婿殿が、何時ものように「お父さんに供えて。」と、その胡瓜を置いてくれた。
「おいしい音
ボリボリ・・・夫は、今朝もキューリに丸ごとかぶりつき、「やっぱり、もぎたてのキュウリはうまいなぁ。」と、何度も言う。
シャキシャキ、レタスも美味しい音がする。
夫の健康的な噛む音を聞きながら、冬の間、買ったキュウリやレタスには、こんな美味しい音はしなかったなぁとフト思った。
水を弾くようなみずみずしさと触るとトゲで手のひらが痛くなる新鮮さ。
採ってきたばかりのキュウリやナスたちを毎日、我が家の食卓やお店のお客さまに提供できる。
ちょっとした自慢のような嬉しさが湧いてきた。
ひと月ほど前、店舗直結の工場で生産された野菜でサンドイッチを作っているという大手のチェーン店の様子がテレビの画面に映し出されていた。
あぁ、何てツマラナイ。コンピューターで光や温度、養分、水を管理し、店舗と併設することで運送の排気ガスが削減されて地球に優しいのだそうだ。
が、植物工場の野菜たちを、味気なく思うのは、私だけだろうか。
いつだったか、野菜料理を食べられたお客さまが、田舎の風景とお袋の姿が浮かんできたとつぶやかれた事があった。
ただ、胃袋を満たすだけでなく、ちゃんと身体に栄養を与える事は勿論だけど、食べものには、長い時間をかけて作ってきた農家の苦労や、それに加えてその作物の生産された田畑の情景が浮かんできて、時には、作り手の思いも感じられる物だと思う。
キュウリにかぶりつく夫の横顔は、俺が作ったという自慢に満ち溢れ、美味しい音を、弾かせている。」
数年前に地元紙に投稿していたコラムのひとつ。
初生りの胡瓜を目の前にして、これを書いた時の夫が浮かんで来た。
向こうの世界で私の用意したケーキよりも数倍も喜んで婿殿が作った胡瓜を食べた事だろう。
今もその美味しい音が、しっかりと聞こえてくる。
次男は、お手製のケーキを作ってくれた。
何も語らないけど、私には判る。
旦那様、お幸せです。